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本のない書斎の書評ブログ

【エッセンシャル思考】の壁。ふつうの会社員が取り入れようとした結果

 

 

一言で言うと、いちばん大事なこと以外全部捨てろ、という内容です。ほんとうに重要なことに集中するため、それ以外は「断る」。 

私が働くいちばんの理由は、「生活のため」。仕事を通しての成長とか自己実現とか、社会貢献とかではない。(全くないとは言わないが、最も重要、というわけではない)

誰でもできるような雑務は、「私」がやる必要はない。それはたしかに事実なのだが、では、瑣末な仕事を断ったとして、私は何をするのか?(まず、断るのが困難すぎるのだが) 私が本来やるべき仕事。しかしそれは、重要な仕事だろうか?代わりはいないのだろうか?

そんなことはない。やらなければ支障はある。しかしそれは、マクロ的に見れば瑣末なことなのだ。つまり「私が本来やるべき仕事」というのは、実は瑣末で、誰でも代替可能な仕事なのである。はじめから、「私が本来やるべき仕事」と「頼まれた雑務」に、差などはなかったのだ。それならば、いちばん大事な「生活のため」にすべきことは、雑務を断ることではない。笑顔で引き受け、そつなくこなすことである。

エッセンシャル思考を取り入れた結果、なんとも皮肉な結果となった。これはどういうことなのだろうか?

 

「大事なこと」は、基本的な欲求が満たされてこそ見えてくる

たぶん、「生活のため」に働くというのがダメなのだろう。ここで、有名なマズローの自己実現理論を取り上げたい。(参考:http://76653926.at.webry.info/201205/article_3.html

 

人間の欲求はピラミッドのように構成されていて、低階層の欲求が充たされると、より高次の階層の欲求を欲するというもの。

 

1 生理的欲求 (食べる・眠るなど命の維持)

2 安全の欲求 (身の安全・収入の安定など)

3 社会的欲求 (家庭や社会への帰属)

4 承認の欲求 (褒められたい・認められたい)

5 自己実現欲求 (あるべき自分になりたい)

6 自己超越欲求(コミュニティ発展欲求。マズローが晩年に付け加えたとされる)

 

私はまだ下層の欲求を満たせていないということか?

仕事のやりがいとか、社会貢献とか考えられないのは、まず自分の生活不安が解消されていないからだ。4と5についての欲求はあるつもりだったが、それは「仕事において」ではなかった。私は仕事に関して言えば2とか3の段階なのだ。出世欲もない。責任ある立場とかはできれば遠慮したい。それより定時で帰りたい。仕事が速いことは隠しておいたほうがいい。空いた時間には別の仕事が入るだけなのだから。このような意識の低さは、欲求の次元の低さに起因していたのだ。私はエッセンシャル思考という高尚なレベルには達していなかったのである。(エッセンシャル思考は、5とか6あたりの欲求にはかなり有効だと思われる。)

 

ちょっと穿った見方をしてしまいましたが、いちばん大切なことに集中する、という本来の考え方に忠実に従えば、「そのために、そもそも今の会社で仕事をすることが必要なのか?」という方向に向かうのだと思います。たぶん。ゼロベースで考えるべきなのに、今の会社で働く前提だからおかしなことになるのだろうな。

 

大切なことのために残業を断りたい。そんなとき、「そのためなら会社をクビになってもいい」と思えるか、やっぱりそれは困るから要求を飲んでしまうのか。あえて言います。半端な覚悟では取り入れるのが難しい本ですよ。(方法が「断る」ですからね。ノーと言う強い意志が必要なのです)

現状にとらわれず、ゼロベースで思考できるか? 「エッセンシャル思考の壁」といえそうです。

 

ブログを読んでると、自分のブログを書く時間がなくなる。これもまた、トレードオフ。

 

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