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本のない書斎の書評ブログ

「お金」を考える一冊【人はお金をつかわずにはいられない】

久間 十義 朝倉 かすみ 山崎ナオコーラ 星野 智幸 平田 俊子 ■日本文学

 

人はお金をつかわずにはいられない

人はお金をつかわずにはいられない

  • 作者: 久間十義,朝倉かすみ,山崎ナオコーラ,星野智幸,平田俊子
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2011/10/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • クリック: 1回
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欲望を満たすため、社会に活かすため、生活のため…ただ、つかうため? 

5人の作家による、「お金」にまつわる短編集。

 

グレーゾーンの人 久間十義

金利ばかりじゃなく、すべてにグレーゾーンは必要なんですよ。

消費者金融で働く男性の語りを通して、金融の裏側や、社会における金融は時代によってどう変わっていったかなどが浮き彫りになる。単なる「裏話」ではなく、ひとりの男の人生とともに語られるのが面白い。

つまり消費者金融ってのはですね、金主から借りてお客様にお貸しする。”金貸し”をやるには"金借り”をしなきゃダメなんです。

それで、テレビのローンを払っていただくように、お金のローンを払っていただく。どちらも金利が付くんですね。テレビを買うのも、お金を買うのも、同じでしょう? でも、皆さんここで誤解するんだ。お金はお金で、モノはモノだって。それって、はっきりいって世間の皆さんの方が”貨幣物神”に囚われているんじゃないですか? 私たちはお金に淫してなんかいませんよ。お金のフェティシズムに囚われてるのは、世間の皆さんの方だ。

 

おめでとうを伝えよう! 朝倉かすみ

これといった趣味もなく真面目な性格の50歳の春夫は、毎朝コーヒー豆を挽き、コーヒー豆についているクーポンをこつこつ集めている。

春夫がねらっているのはマイセンのコーヒー碗皿だ。5000ポイントで交換可能の高級品だった。七年かけて、まだ一客しか交換できていない。

春夫はできれば五客そろえたいと思っている。ざっと見積もっても三十五年かかる。五客そろえられるか、春夫が死ぬか、ぎりぎりのラインだ。

だが、春夫はそろえてみたかった。なんとなくだが、「そろえたい」。

春夫には妻と娘がひとりいるが、2人はコーヒーを飲まない。客人が多い家というわけでもなく、五客のコーヒー碗皿は別段必要なものでもない。私などからすると、そろえたところで使いようのないものに思えるのだが、 それでも春夫はそろえたい。春夫が本当に求めているものは「マイセンのコーヒー碗皿」ではなく「達成感」ではないだろうか。春夫が集めるのは別のものでもきっとよかったのだろうと思う。

春夫は同級生に誘われてソーシャルゲームをはじめる。はじめは付き合いのためだったが、しだいにゲームに没頭していく。

春夫は、とにかくレベルをあげたい。あげたレベルは維持したい。

こうしているあいだにも、だれかがおれを抜くんじゃないかと、盗まれるんじゃないかとアプリから離れているときは薄く不安だ。

「景品のコーヒーカップをそろえたい」というのと、「ゲームのレベルをあげたい」というのはどこか似ているように思う。達成したところで「それだけ」なのだが、その過程の充実感が拠り所になっている。なんでそんなことに夢中になるのかと問われるとうまく説明できないけれど、とにかく「そろえたい」。

春夫はローキャビネットをふと見るたびに「……空いてるな」と思う。

すると、そこはかとなく落ち着かなくなる。

ほんのわずかではあるが、「こうしてはいられない」と気が逸る。

(中略)

クーポンに振り回されるのはいかがなものか。

(中略)

しかし、落ち着かなくなるのはたしかだった。

たとえ「時間」になっていなくても、春夫は落ち着かなかった。いちおうみておきたい、という気持ちがおさえられない。それにもしも「時間」をすぎていたら、ロス時間ができたことになる。「効率」にひびく。

クーポンを集めていても、ゲームをしていても、春夫は落ち着かない。

 

誇りに関して 山崎ナオコーラ

「誰かのためにお金を遣えないのは不幸だよね」。きっと、そう言われる。

どんなに仕事をしても、ためになる活動をしても、お金を寄付しても、自分は社会参加できていないんじゃないか。性的に魅力を持つようになって、子どもを産んだときにやっと、社会に受け入れてもらえるのではないか。

年収二千万の依里は、結婚もせず子供も生まないで、自分の食事や洋服にお金を使うことに罪悪感を感じている。社会的責務を果たせていないのではないかと悩み、プレッシャーを感じながらも、10万円のスカートを買い、豪華な食事をして、バーに行く。

ほとんどの人から見れば贅沢な悩みだろう。しかしよく見てみれば、これは人間の普遍的な悩みであると気がつく。大雑把に言うと「必要とされたい」ということなのではないかと思う。それは「愛されたい」ということだったり、「社会に参加している実感が欲しい」ということだったり、いろいろあるのだろうけど、それはお金を使って満たせる欲求ではない。

全面的に共感はしないけれど、子どものためにお金を使ったり節約に励んだりする女性たちと、自分のために洋服を買う自分とを比べてしまうと、そういう気持ちになってしまう・・・というのもまあわからなくはない。「社会的責務を果たさなければいけないプレッシャー」というのはちょっと違うが、「自分のためだけにお金を使う」ことに多少の申し訳なさや恥ずかしさを感じることはある。別に社会貢献したいなんて思っているわけではないのだが。

 

人間バンク 星野智幸

値段の違いの理由が知りたいんじゃない。価値の差ではないことも、頭では理解できる。でも、実感が湧かないのだ。渋谷から新宿までの移動と、ハイソなレストランでの食事が、百倍違うことを、感覚としてどう受け止めてよいのか、わからないのだ。そもそも、僕の八分間の仕事が、ハンバーガー一個に値するのか、山手線三駅分に値するのか、それすら判断できなかった。どうやったら、そんな判断がつくのだろう? みんなは、どんな基準で納得しているのだろう?

お金のことがリアルじゃないと、自分の人生までがリアルじゃなくなるような気がして、ぼくはお金から逃れようとした。そしてついに耐えきれなくなり、仕事を辞め、あらゆるお金を使い果たし、住まいも失った。

仕事を辞め、お金も使い果たした寒藤が辿り着いたのは、「人間センター」という、「人円」という地域通貨が通用するコミュニティ。

「この人、お金なんですか?」

「そうです、私はお金です。」おじさんがうなずく。

人間センターの通貨「人円」は人本位制であり、百万人円で人間一人と兌換できる。

足りない人貨をどうするか?

(中略)

外から拾ってくるのである。人間は即、金なのだから。ぼくもそうして拾われてきた。

寒藤は、人貨となるために自分が連れてこられたことを悟るが、そのことに気付いてもなお、自ら「人貨」になろうとする。人貨になれば、お金の悩みから開放されるのだ。

 

バスと遺産 平田俊子

遺産を受け取った帰りのバスで、百花は遺産の入った封筒がないことに気が付く。

百万円あったところで亡くなった人は生き返らない。去っていった人は戻らない。旅行したり引っ越しをしたりほしいものを買ったりするうちに百万円はあっさりなくなる。いつかなくなるものなら、今なくなってもあまり変わりはない。私が満たせなかった欲望を誰かが満たすだけのことだ。

大切な人との別れに比べれば、お金との別れなどたいしたことはない。

 「人はお金を使わずにはいられない」はこの作品中の言葉。

 

どの作品も読みやすいです。

お金について考えさせられる、もしくは、お金などはたいした問題ではないと思わされる一冊です。

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