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本のない書斎の書評ブログ

10歳の自己啓発本「見てる、知ってる、考えてる」と「自分らしさ」について

 

10歳の著者が書いたという自己啓発本を読んだ。

いい意味で子供らしい表現などもあって、そういう部分はとても良かった。ただ、抽象的な話題になると、どうしても「借り物感」を感じてしまう。どこかで聞いたような言葉たち。彼の背景を知らなければ、そこまで気にならなかったかもしれない。彼は自己啓発本を多読しているらしい。ボキャブラリーはもちろん、おそらく思考にも多大な影響を受けていることだろう。「自分を生きる」「自分らしく」、後半になるにつれ目立つこのフレーズに思い出したのはサッカーの日本代表である。「自分たちのサッカーができなかった」「自分たちのプレーができれば勝てるはず」とか。これは選手じゃなくて外野が言っているのかもしれないが。

 

「自分らしさ」について

せっかくなので「自分らしさ」について考えてみる。

わたし自身、自分の言葉に「借り物感」を感じることがある。誰かの言葉。誰かの表現。しかし考えてみれば当然のことで、知らない言葉は書けないし、知っている言葉はすべてどこかで見た言葉だ。自分の言葉、自分の表現と言ったって、それは今までに見た言葉をいかに組み合わせるかということでしかない。それはすでに世界にある表現とほとんど同じだが、少しだけ違う。既存の言葉を使うのだから、まったく新しいなんてことはおそらく不可能だ。新しいということは、これまでとは少しだけ違うということ。突然、見たことも聞いたこともないようなことをひらめくわけじゃない。

わたしも彼と同じことをやっている。すべての書き手は程度の差はあれど同じことをやっているだろう。わたしの語る言葉は、これまでに見たり聞いたりした言葉の影響を免れない。わたしの言葉は誰かの言葉の組み合わせでできている。その片鱗はいたるところに発見できる。自覚しているだけで、何人かのプロの物書きやアマチュアの物書き(要するにブロガーだ。わたしのような。)の影響を受けている。もちろん、自分では気が付いていない、無意識の影響もあるだろう。その要素というか成分、組み合わせがオリジナリティではないかと思う。100%自分の内側からだけあふれてくる「自分らしさ」なんていうものはない。あるかもしれないが、後天的な影響の方がきっと大きい。これまでに見たり聞いたりした言葉というのは、「これまでの経験」であるともいえる。まったく同じ経験をした人はいないから、どんな経験をしたかがその人の「らしさ」に影響を与える。まったく同じ経験をしても(同じ本を読むとか)、そこから何を受け取るかは人それぞれだ。経験と受け取り方の組み合わせで、さらに道は分かれる。どんな経験をしたか、どんな影響を受けたか、どんな風に生きてきたか。自分がもともと持っていたものだけではなく、そこに他者の刺激を受けることで自分らしさが生まれる。だから「かけがえのない自分という素晴らしいもの」を守るために他者を寄せ付けない、聞く耳を持たない、というのはかえって貧しい行為である。仮に、誰しもに素晴らしい個性が眠っていて、今は自分では気づいていないだけなのだとしても、それに気づかせてくれるのはきっと外からの刺激なのだ。「自分らしさ」とは、誰の影響も受けない、ありのままの自分のことではない。生まれながらに持っている個性のことでもない。自分の軸があるから他人の影響など受けない、ということではなくて、むしろ、「誰に、どんな影響を受けたのか」ということが「自分らしさ」を形成していく。「自分らしさ」は、決して変わらないものではなくて、いかようにも変化しうるものだ。

かなり脱線したので、彼の言葉を少し引用する。(本の紹介ではもっとキャッチーな部分が使われているが、以下はわたしにとって一番印象的だった箇所である)

幼稚園の時

お友達が北海道に引越しをした。

その頃に僕が見た地図は小さい地図だった。

小学校に入って面積の単位がわかり始めた時、

日本の大きさを知って、

北海道が遠いところだと知った。

その時に簡単にあえないということを知って、

悲しかった。

この感覚は自分にはなかった。いや、忘れていたのかもしれない。

本の中に良い部分はたくさんあったのだが、一方で「彼の言葉を手放しに絶賛している大人たち」があまりに多いのも気になった。わたしは、彼だけが特別なのではないと思っている。子供だってみんないろいろ考えている。なんにも言わないからといって、なんにも考えていないというわけではないだろう。

彼の言葉を読んで、たいして深く考えもせず反射的に「深すぎる」なんて言って、理解したポーズで「評価する側」に回ることは簡単だ。わたしは彼を批判も賞賛もしない。ただ、わたしも「考えてる」側でありたいと思う。

見てる、知ってる、考えてる

見てる、知ってる、考えてる

 

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