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本のない書斎/中身のない研究

サマンタシュウェブリン【口のなかの小鳥たち】感想

 

本棚から本を取り出して読むというより、ギャラリーを歩くかインディペンデント映画を見るようなつもりで読め——マリオ・ベジャティン 

 

アルゼンチンの作家、サマンタシュウェブリンによる15篇の短い物語。

 

Amazonにもレビューがなく、「サマンタシュウェブリン」で検索してもあまり情報が得られないのだが、この本は非常に面白い。ピンチョンやボルヘスのように難解な部分もなくて読みやすく、それでいてラテンアメリカ文学のエッセンスはしっかり感じられる。カバーには毒気がありつつもポップなイラスト。厚みも新書程度で手に取りやすい1冊。

  

 

イルマン Irman

不思議というか、不条理というか。灼熱の中辿り着くドライブインはまるで映画のよう。 

それから運転席でぶるぶるっと、まるで心から悔やむかのように、体を震わせた。

ラストのこの感じ、なにか得体の知れないものや、上手く言葉にはできないけれどとても嫌な予感、この感覚がこの本の短編の中には共通して流れているように思う。わたしはとても好きだ。ボルヘスの「鏡と仮面」、サリンジャーの「笑い男」、宮沢賢治の「貝の火」など、一瞬で突き落とすような読了感が好きな人には非常におすすめの本であると言える。

 

蝶 Mariposas

彼はたぶん、死んだ蝶の羽の色が、娘の服の色と同じであることを認めるのが怖い。

見開き2ページの、とても短い短編だが、とても良い。鮮やかで残酷でぞくりとする。短編の題にはすべてスペイン語の原題が小さく添えられているのがまた良い。マリポーサ。

 

保存期間 Conservas

マヌエルが保存容器を私に近づけ、私はついに、そっと、あの子を吐き出す。

星新一のショートショートみたいだな、と感じた。「テレシータ」が何を指すのか、説明はされないが読んでいると分かってくる。そしてタイトルの意味も。未来的な話だが、それほど突飛なSFという感じもしない。こういう世界はすぐそこまで来ているような気がする。

 

穴掘り男 El cavador

「あの穴は旦那のものだ」と男は言った。「旦那が掘ることはできない」

こちらも星新一を感じる作品だが、結末が語られないところに得体のしれない気味悪さがあって良い。穴は自分の墓穴だった、という安易な発想もできるが、それを言ってしまうと途端に陳腐になってしまうと思う。

 

サンタがうちで寝ている Papa Noel duerme en casa

ひとりだけ違うことを感じている子供目線が良い。 

 

口のなかの小鳥たち Pajaros en la boca

「おまえは小鳥を食うのか、サラ」

「そうなの、パパ」

娘は恥ずかしそうに唇を噛んで言った。

「パパもでしょ」

「おまえは生きた小鳥を食うのか、サラ」

「そうなの、パパ」

表題作。「娘が生きた小鳥を食べる」ことは、父親にとっての「年頃の娘の理解しがたさ」を表しているのかもしれないとも思う。

 

最後の一周 Ultima vuelta

ふわふわ、くらくらとめまいがするよう。なんてことのない出来事なのかもしれないし、幻想への入り口なのかもしれない。

 

人魚男 El hombre sirena

いちばん幻想っぽい作品だが、 突飛な感じがなく、自然ですらある。

 

疫病のごとく La furia de las pestes

似ているわけではないのだが「砂の女」を思い出した。 

 

ものごとの尺度 La medida de las cosas

なんだかいろいろ考えさせられるような気がする。読み終えたあと、タイトルを見て、再び考えてしまう。 

 

弟のバルテル Mi hermano Walter

幸せな日々の中に突然感じる不吉な予感。言葉にしてしまえばそれだけなのだが、 その描き方がすごく上手い。

 

地の底 Bajo tierra

ヤバイとこに来ちゃった、早く逃げなければ、早く、早く。という感じ。 

 

アスファルトに頭を叩きつけろ Cabezas contra el asfalto

中原昌也を思わせる。この短編集の中ではいちばん異色の作品。 

 

スピードを失って Perdiendo velocidad

筒井康隆みたいだなと感じた。 

 

草原地帯 En la estepa

得体の知れないものから全力で逃げるラストシーン、最後にこの作品を持ってくるところにセンスを感じずにはいられない。

 

他の作品も読んでみたいのだが、サマンタシュウェブリンの本で日本語に訳されているのは現在この1冊だけのよう。今後に期待したい。

 

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