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本のない書斎/中身のない研究

「ああ玉杯に花うけて」 佐藤 紅緑

 

青空文庫の「あ」の作品、3冊目にしてようやく本らしい本にあたった。約13万字。

これぐらいの分量だと、「本を読んだ」という感じがする。

 

恥ずかしながらタイトルも著者も初めて聞いた。「紅緑」は「こうろく」と読むらしい。

「ああ玉杯に花うけて」というのは作中で主人公の千三(チビ公)が歌う歌の一節である。

 

千三は学に秀でているのだが、貧乏のため中学へ行けず、伯父の豆腐屋を手伝っている。

古い作品なので、今から見れば時代錯誤に感じられる部分は多い。

しかしそれでも心に訴えるものがある。

少年たちの姿は清く美しい。

灰谷健次郎の「兎の眼」を思い出した。

 

作中で、「読者諸君」、と語りかける部分が何箇所かある。

皮肉を混じえた政治用語についての補足説明だったり、悪いことをするとこうなる、という訓戒めいたものだったり。

この作品自体、千三や光一のような年頃の少年たちに向けて書かれたものなのだろう。

 

蛇足ではあるが、「活動」について少しだけ。

「活動」とは活動写真、つまり映画である。

作中では、活動はきわめて低俗なものとして描かれる。

光一などからすると、「小説」もしかりだ。

ほんの少し前には、TVを見ると馬鹿になる、とか、ゲームをすると暴力的になる、とかいうことが言われたものだが、かつてはそれこそ「最近の若者は小説などというものを読んで現実と空想の区別もつかなくなっている」などという批判もあったらしい。

現代において、映画は趣味としてはむしろ高尚な部類に入るが、その映画とて、始めの頃はこのような扱いだったのだな、とあらためて思わされた(当時の「活動」がどのようなものかわからないので、本当に低俗なものであった可能性もあるが)。

 

さて、まだ上から3冊目だが、上から順番に読むのはこの作品で終わりにする。

アプリ(青空文庫ビューア)とオリジナルのサイトとで、作品の並ぶ順番が違うためだ。

 

この作品を読むきっかけになっただけでも、「順番に読む」というこの遊びに意義があったと思う。

最後に軽く後日談が語られるのだが(特に阪井が印象的)、続編があるなら読みたいくらいだ。

 

 

 

図書カード:ああ玉杯に花うけて

 

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