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本のない書斎/中身のない研究

「緋色の研究/緋のエチュード」A Study in Scarlet アーサー・コナン・ドイル

 

シャーロック・ホームズシリーズをはじめから読むことにした。

最初はこの作品。原題は「A STUDY IN SCARLET」、一番有名な邦題は「緋色の研究」だと思うが、「緋のエチュード」とか「緋色の習作」とか様々なバリエーションがある。今回読んだものは青空文庫の「緋のエチュード」だ。内容ほとんど覚えていないが、子供向けのバージョンを小学生のときに読んだことがある。

 

「A STUDY IN SCARLET」というのは事件についてのサブタイトルというよりも、探偵業という仕事そのものを表す。

 

殺人という緋色の糸が、現世という無色の綛糸かせいとに混紡されている。我々の使命は綛糸を解き、緋の糸をより分け、残らず白日の下に晒すことだ。

 

今日の推理小説のように、読者に材料を提供し、さあ推理したまえ、というタイプではない。 密室のトリックだとか、犯人はこの中にいる、とかのおあつらえ向きの仕掛けもない。殺人は閉ざされた雪山の山荘ではなく、大都市ロンドンで起こる。小説の中の、推理ゲームとしての事件ではなく、いかにも現実にありそうな事件だ。

 

ホームズは「犯人はジェファースン・ホープという名の辻馬車の御者である」と推理し、その人物を子供たちに探させる。ここは人力によるしらみつぶしである。ホームズの捜査は、トリックを見破る、というものではなく、どちらかと言うと科学捜査やプロファイリングに近い。科学捜査といい大人数による人探しといい、まるで警察の捜査のようである。

 

これは推理や謎解きを楽しむものではなく、「鋭い洞察と独自の科学研究とを駆使した演繹推理による名探偵シャーロック・ホームズの活躍を見る」作品である。

 

読者はどうやっても犯人にたどり着けない。雪山山荘のように容疑者がピックアップされているわけではないし、現場の足跡を見ることも、関係者に電話をすることもできない。材料が不十分だ。ここにホームズの台詞を引用する。

 

「証拠を揃えず推理しようなど、致命的な誤りだ。判断に偏りが出る。」

 

 

図書カード:緋のエチュード

 

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