Empty Study

本のない書斎/中身のない研究

「I can speak」 太宰 治

 

再読。

古い作品だと、著者が地方の温泉宿などに長期滞在しているようなシチュエーションというのが珍しくない。

この作品も、地方の宿に何ヶ月も滞在して小説を書くというようなシチュエーションであり、それだけでもう惹かれる。小説を書くというのもどうやら生活のためではなく、好きで書いているのだ。自分の文学のすすむべき路。多少自信がついたから、前から腹案していた長い小説に取り掛かろうというのである。自分で決めてしまったから帰るに帰れない、というのがまた良い。

 

お昼に聞こえてくる女工さんの歌声。わびしい男を救ってくれたお礼を言いたい。けれど、もしそのせいであの歌声を聞けなくなってしまったら・・・

 

姿も知らない彼女に恋のようなものを感じてみたり、酔漢の演説に胸打たれたり。

 

なにもないのに、どうしてここまで豊かだろうか。

 

どこかのCEOが、「インターネットのない時代に書かれた古典を読む」ことを朝の習慣にしていると聞いた。太宰の苦しみなどわたしには分からない。分からないから、うらやましい。この文才と、感性と、時間の流れる感覚が、ただただうらやましいのである。

 

 

図書カード:I can speak

 

アクセスカウンター