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本のない書斎/中身のない研究

「途上」 谷崎 潤一郎

 

「D坂の殺人事件」で語り手の「私」と明智小五郎がこの作品について話していた。

 

「絶対に発見されない犯罪というのは不可能でしょうか。僕は随分可能性があると思うのですがね。例えば、谷崎潤一郎の『途上』ですね。ああした犯罪は先ず発見されることはありませんよ。もっとも、あの小説では、探偵が発見したことになってますけれど、あれは作者のすばらしい想像力が作り出したことですからね」と明智。

「イヤ、僕はそうは思いませんよ。実際問題としてなら兎も角、理論的にって、探偵の出来ない犯罪なんてありませんよ。唯、現在の警察に『途上』に出て来る様な偉い探偵がいない丈ですよ」と私。

 

さっそく読んで見ると、なるほど乱歩の「赤い部屋」のような、絶対に疑われない殺人を妻に対して行った男の話であった。この男の場合「赤い部屋」の99人殺しのようにはうまく行かず、あの手この手で妻を危険の中に置き、ようやく目的を達成した。しかし道で声を掛けてきた私立探偵にすべてを暴かれてしまう。

 

なんだか新鮮に感じたのは、このところ乱歩の作品ばかり読んでいたせいもあるだろう。乱歩の場合は、犯人の目線で書かれるものが多い。

 

谷崎の「途上」は、主人公と思わしき湯河のもとに、風采の良い紳士が現れるところから始まる。どうもあやしいこの人物のせいで、湯河の身に何か起こるのだろうか、と読んでいると、だんだんある疑惑が持ち上がって来る。あやしいのは紳士ではなく湯河の方に変わっていく。

 

面白かった。事前の情報(つまり、完全犯罪が描かれる、ということだ)がなければさらに面白い読書となったことだろう。

 

 

図書カード:途上

 

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