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本のない書斎/中身のない研究

「襖」―『夜の光』 志賀 直哉

 

友と私は温泉宿を訪れる。そこで友は「温泉場に来ると憶い出す話がある」のだと言って話を始める。「僕が恋された話だよ」と言うように、温泉宿で襖を隔てた隣の部屋に泊まっていた女に好かれて困った、という、要するに自慢話なのである。

 

自分はその女の顔が好きな歌舞伎役者に似ていたから見ていただけなのだけれど、それを向こうは好意と勘違いしてこちらを見つめるようになったもんだから閉口した、終いには夜に襖を開けてみたりして、それが双方の家族で問題となり、隣の部屋の家族は宿をあとにしてしまった、それきり彼女のことは知らない、という。友人はこの話をもう何度もしているらしく、すらすらと話して聞かせた。

 

自分は彼女のことなど何とも思わないのだが、と言いつつ、10年経った今でもこの出来事をずっと覚えており、折に触れて人に話す友人。もてた自慢をしたいだけのようでいて、実は彼女のことが忘れられないのかもしれない。

 

夜の光

夜の光

 

 

 

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