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本のない書斎/中身のない研究

「麒麟」 谷崎 潤一郎

 

青空文庫にはない作品。

 

衛の霊公は、妲己に似た絶世の美女・南子夫人を寵愛していた。美しい花も太った家畜もすべて妃のために召し上げられ、国は悪政に苦しめられていた。

 

ある日霊公は、孔子が衛に来ているらしいと知る。孔子は生まれたとき麒麟が現れたという聖人である。霊公は、孔子を呼び、教えを乞う。孔子は戦争の方法や民から財を奪うことは教えず、何よりも道徳が大切だと戒めた。

 

「公がまことに王者の徳を慕ふならば、何よりも先ず私の慾に打ち克ち給へ。」

 

 

その日から霊公の心を左右するものは夫人の言葉ではなく聖人孔子の言葉となった。やがて民家に再び花が咲き、鳥がさえずり、百姓たちもいきいきと耕作にいそしむようになり、霊公の眼からは熱い涙がこぼれた。夫人は怒りに震えた。 香をまとい霊公を誘惑すると、霊公は平静を保てなくなり、相反する思いに苦しんだ。

 

「妾はすべての男の魂を奪う術を得て居ます。妾はやがて彼の孔丘と云う聖人をも、妾の捕虜にして見せませう。」

 

夫人はその美しい世界へ孔子を誘惑する。幽妙な香、珍奇な杯に注ぐ辛辣な酒、あらゆる濃厚な肉、半分は夫人の眼を楽しませるために、罪人たちをいたぶる地獄絵図のような光景・・・ある日国都を練った2台の車には、霊公と南子夫人、そして孔子の姿があった。聖人孔子の徳をもってしても、夫人の美しき暴虐には及ばなかったと見える。その夜霊公は夫人の部屋を訪れ、国は再び夫人の手に落ちた。

 

「お前は私を亡ぼす悪魔だ。しかし私はどうしても、お前から離れる事が出来ない。」

 

翌朝、孔子は衛の国を立った。

 

「吾未見好徳如好色者也。」

(われいまだとくをこのむこといろをこのむがごとくなるものをみざるなり)

 

というのが、聖人がこの国を去る時の最後の言葉であったという。

 

孔子のような聖人であっても妖婦の美しき誘惑に抗えない、というのはやはり谷崎潤一郎である。

 

 

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