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本のない書斎/中身のない研究

「幇間」 谷崎 潤一郎

 

「幇間」というのは、おそらく酒の席の芸人のようなものだろうか。

 

三平は幇間である。生まれ持った気質でもって皆の人気者であるが、尊敬はされず軽んじられている。それでも三平はとにかく皆を笑わせ楽しませることが喜びである。

 

実際彼は尊敬の念とか、恋慕の情とかを、決して人に起させるような人間ではありませんでした。先天的に人から一種温かい軽蔑の心を以て、若しくは憐愍の情を以て、親しまれ可愛がられる性分なのです。恐らくは乞食と雖、彼にお時儀をする気にはならないでしょう。彼も亦どんなに馬鹿にされようと、腹を立てるではなく、却って其れを嬉しく感じるのです。

 

三平には思いを寄せる芸者がいた。梅吉というその芸者が催眠術の真似事をすると、いつも三平は巧みな狂言でかかってみせるのである。

 

三平は梅吉といい仲になろうと旦那に相談する。旦那はまかせろと言うが、梅吉とグルになって、三平をからかうつもりである。梅吉と2人きりになった三平は、いつものように梅吉に催眠術をかけられ、いろいろの辱めを受ける。

 

三平も今夜こそは、そんな事で胡麻化されてはならないと云う決心で、場合によったら、
「実はあの催眠術も、お前さんに惚れた弱味の狂言ですよ。」
と打ち明けるつもりでしたが、
「そら! もうかゝっちまった。そうら。」
と、忽ち梅吉のとした、涼しい目元で睨められると、又女に馬鹿にされたいと云う欲望の方が先へ立って、此の大事の瀬戸際に又々ぐたりとうなだれて了いました。

 

やがて見物人がまわりに集まってきたが、それでも三平は催眠術にかかっているという狂言を続ける。三平は、惚れた女に馬鹿にされることを喜んでいるのである。

 

三平には、梅吉の酷い言葉が嬉しくって嬉しくって堪まりません。果ては女の与える暗示のまゝに、云うに忍びないような事をします。

 

翌朝、三平は狂言を最後までやり遂げ、催眠術にかかっていたことを疑う者はなかった。

 

三平は卑しい Professional な笑い方をして、扇子でぽんと額を打ちました。

 

幇間役を演じている以上、この先はない。

それでも彼は幇間としての生き方を変えられないのである。

可笑しいような、哀しいような話だが、三平はこれで幸せなのかもしれないとも思う。

幇間には幇間の悲哀と悦びがあるのだ。

 

谷崎潤一郎短編集―Seven Japanese Tales (TUTTLE CLASSICS)

谷崎潤一郎短編集―Seven Japanese Tales (TUTTLE CLASSICS)

 

 

図書カード:幇間

 

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