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本のない書斎/中身のない研究

「接吻」 江戸川 乱歩

 

短い作品。乱歩作品には珍しく、幸福絶頂の新婚男のノロケから始まる。

 

近頃は有頂天うちょうてん山名宗三やまなそうぞうであった。何とも云えぬ暖かい、柔かい、薔薇色ばらいろの、そしてかおりのいい空気が、彼の身辺を包んでいた。それが、お役所のボロ机に向って、コツコツと仕事をしている時にでも、さては、同じ机の上でアルミの弁当箱から四角い飯を食っている時にでも、四時が来るのを遅しと、役所の門を飛び出して、柳の街路樹の下を、木枯こがらしの様にテクついている時にでも、いつも彼の身辺にフワフワと漂っているのであった。

 

さて宗三は、ほんの思いつきから可愛い新妻「お花」の様子を覗き見してみる。お花は写真に接吻したり抱きしめたりしている。思い当たるところのある宗三。あの写真に写っているのはきっと課長の村山に違いない。

 

その夜宗三はお花が写真を隠す場所を覗き見ておいて、あとでその場所を探した。すると出てきたのはやはり村山の写真である。

 

宗三は村山に辞表を出し、お花を問い詰めた。しかしお花は、あれは村山でなくてあなたの写真を見ていたのだと言う。

 

たしかにお花が写真を入れた場所から村山の写真が出てきたという宗三。しかしお花は、写真をしまったのは違う場所だと言う。ここで何かに気が付いたお花。宗三が障子の穴から覗いたとき、鏡の錯覚で場所を見間違えたのではないか。

 

お花を問い詰めていた宗三は形勢逆転、勘違いで先走り、職も無くして、嘆くお花に返す言葉もない。すざまじきものは嫉妬だなあ、しかし宗三は、鏡のトリックがお花の考えついた作り話であるという可能性には、いっこう気が付かないのであった。

 

最後のオチがいかにも乱歩である。「一枚の切符」とか「二銭銅貨」とかの感じ、さて本当のところはどうでしょうね、という感じがこの作品にもある。

 

接吻

接吻

 

 

図書カード:接吻

 

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