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本のない書斎/中身のない研究

「勉強記」 坂口 安吾

 

印度哲学科の学生、栗栖按吉くりすあんきちというのが主人公なのであるが、安吾自身のことなのではないかと想像せずにはいられない。

 

先生が「文法もよくお知りにならず、辞書もお引けにならない」というフレーズが3回くらい繰り返されるのだが、とにかくこの小気味よさというか気持ちよさである。どこか「風博士」のような雰囲気も感じる。

 

それが専門の帝大の先生でも、まだ文法もよくお知りにならず、辞書もお引けにならないと仰有る。なるほど辞書はひくために存在するのであるけれども、言葉は辞書をひくために存在するのではないようである。梵語やチベット語の辞書をひくのは健康に宜しく食慾を増進させ概してラジオ体操ほどの効果があるとはいうものの、辞書は体育器具として発売されたものではない。

 

尤も按吉が六人目のチベット学者になりかねないのは正真正銘のところらしく、即ち帝国大学の先生が文法もよくお知りにならず、辞書もおひけにならないことでも大概察しがつくのであった。

 

按吉は回教徒の志望者をつのるビラを見てメッカへ行こうとするが、直前で思いとどまる。

 

だが、彼はとうとう這入らなかった。トルコ人の姿が消えると、ふりむいて階段を降りた。その理由は――彼は丸ビルへくる電車の中で、すぐれて美しい女学生を見たのである。目のさめる美しさだった。彼の心は激しく動いた。

これでアラビヤへ行こうなどとは、大嘘だと思ったのである。そうして丸ビルの階段を降りながら、生れてはじめて本当のことをした感動で亢奮していた。これから、いつも、こうしなければならない、と自分に言いきかせながら歩いていた。

その日から、彼は悟りをあきらめてしまった。

 

このラストに、「堕落論」へ通じるものを見た気がした。

 

人間の、又人性の正しい姿とは何ぞや。欲するところを素直に欲し、厭な物を厭だと言う、要はただそれだけのことだ。

(坂口安吾「続堕落論」)

 

堕落論 (角川文庫)

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