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本のない書斎/中身のない研究

「道化の華」 太宰 治

 

 「僕」による独白というか語りかけと、「大庭葉蔵」を主人公とする物語りとが交互になっている。しかしその境界ははっきりしているようで、ときどき越境する。そもそも大庭葉蔵は「僕」なのである。

 

心中に失敗して生き残った自分をモデルに小説を描きながら、一方ではそんなことをしている自分を嘲笑してみせる。

 

かう書きつつも僕は僕の文章を氣にしてゐる。

 

ときどき「君」という言葉にどきりとさせられる。

 

 をかしいか。なに、君だつて。

 

しかしそんな単純なものであろうか。この作品の価値は、単に小説の合間に作者が顔を出すという、その手の目新しさによるものだろうか。

太宰治という人は、一見軽薄な中にとんでもないものを隠し持っていると思う。

 

なにもかもさらけ出す。ほんたうは、僕はこの小説の一齣一齣の描寫の間に、僕といふ男の顏を出させて、言はでものことをひとくさり述べさせたのにも、ずるい考へがあつてのことなのだ。僕は、それを讀者に氣づかせずに、あの僕でもつて、こつそり特異なニユアンスを作品にもりたかつたのである。それは日本にまだないハイカラな作風であると自惚れてゐた。しかし、敗北した。いや、僕はこの敗北の告白をも、この小説のプランのなかにかぞへてゐた筈である。できれば僕は、もすこしあとでそれを言ひたかつた。いや、この言葉をさへ、僕ははじめから用意してゐたやうな氣がする。ああ、もう僕を信ずるな。僕の言ふことをひとことも信ずるな。

 

僕はなぜ小説を書くのだらう。困つたことを言ひだしたものだ。仕方がない。思はせぶりみたいでいやではあるが、假に一言こたへて置かう。「復讐。」

 

太宰治傑作選3 桜桃、ア・秋、川端康成へ、パンドラの匣、葉、きりぎりす、黄金風景、葉桜と魔笛、道化の華など9作品

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図書カード:道化の華

 

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