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本のない書斎/中身のない研究

「鍵」 谷崎 潤一郎

 

これまでに読んだ谷崎作品の中でもっとものめり込んだ。凄い。

 

地の文はなくすべて日記である。「痴人の愛」のような読者に語って聞かせる文体とは違い、「秘密を覗き見ている」ような感覚になる。これはもちろん妻の体やその慾について書かれた日記の内容のせいもある。

 

主に夫婦の夜のことについて書かれた夫の日記と妻の日記、互いに読まれない2つの日記を読むことのできる読者は「覗き見」の愉しみを味わう。ところが、実は夫婦は互いの日記を盗み見ている。そしてお互いそのことを知りながら読んでいない振りをし、相手にも読んでいない振りをすることを望んでいる。

 

眠っている、もしくは眠った振りをしている妻に普段はできないいろいろの事をする夫。目が覚めそうになった妻に薬を飲ませるのだが、これは眠らせるというよりもむしろ「妻が眠った振りをするのに都合が良いだろう」という思いで行なうのである。この夫婦の関係は繊細なプロレスのようだ。

 

嫉妬によって情慾を掻き立てられる夫は、妻の期待に応えるべく、別の男を妻に接近させて自身の「刺激剤」とする。しかし妻は夫よりその男を愛するようになってしまう。

 

夫が病に倒れると、日記は妻のものだけになる。かなり早い段階から、「日記に書かれていることは本当ではないかもしれない」と思わせるようにはなっているのだが、夫の死後、妻が日記に書いた嘘が明かされる。そして、妻が夫の死を望んでいたことも、唐突ではなく、徐々に予感を感じさせながら明かされる。谷崎の「途上」のように、だんだん疑いを増してゆくのだ。

 

読み終わっても、真実はわからない。夫や妻だけでなく、娘の敏子や木村さんが何を思っていたか、どこまでが仕組まれたことで、何が嘘で何が本当なのか。日記という、きわめて主観的でいくらでも嘘を吐くことのできるものだからこその表現で、小説ならではの作品。夢中で読んだ。

 

鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)

鍵・瘋癲老人日記 (新潮文庫)

 

  

図書カード:鍵

 

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