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本のない書斎/中身のない研究

「ロマネスク」 太宰 治

 

「仙術太郎」「喧嘩次郎兵衛」「嘘の三郎」の3篇から成り、それぞれ独立した話のようであるが、「嘘の三郎」で3人が出会う。いくらでも深読みはできるが、表面のユーモアだけでも面白い。

 

太郎は不思議な力を持つ子供だった。仙術を身につけて、鼠や鷲や蛇に姿を変えた。「津軽いちばんのよい男になりたい」と願うとその通りになった。しかし仙術の本が古すぎたために、それは「昔風のいい男」であった。

 

ふらりふらり歩きながら太郎は美男というものの不思議を考えた。むかしむかしのよい男が、どうしていまでは間抜けているのだろう。

 

もとの姿に戻れなくなった太郎はいたたまれなくなり、旅に出る。

 

 

次郎兵衛は22のとき、「ぜひとも喧嘩の上手になってやろう」と決心し独自の修行を始める。修行は3年に及んだ。喧嘩の前の台詞も考えて練習した。ところがこの修業で次郎兵衛の風貌はどっしりと鈍重になり、皆が恐れ敬うので喧嘩にならないのであった。

 

ひょっとしたらもうこれは生涯、喧嘩をせずにこのまま死んで行くのかも知れないと若いかしらは味気ない思いをしていた。

 

次郎兵衛は喧嘩が強くなりたいと思うきっかけとなった娘と結婚したが、「おれは喧嘩が強いのだよ」と、じゃれてやってみせると当たりどころが悪く花嫁は死んでしまった。次郎兵衛は牢屋に入れられた。

 

 

三郎は幼いころより嘘を覚えた。金を無心する手紙の巧みさは評判を呼び、出鱈目を並べた本を書けば思いのほか売れた。三郎は自らの嘘の技術を誇っていた。あるとき父が死んだ。その遺言から、父もまた嘘をついていたということを知る。三郎はこれより「嘘のない生活」を送ろうとするが、考えれば考えるほど遠ざかるように思えた。

 

 嘘のない生活。その言葉からしてすでに嘘であった。

 

「無意志無感動」の態度を目指すが、「無意志」になろうとするという矛盾に気が付く。

 

意識して努めた痴呆がなんで嘘でないことがあろう。つとめればつとめるほど私は嘘の上塗りをして行く。

 

欺瞞に気付いて朝から居酒屋へ行った。そこで太郎と、牢を出たばかりの次郎兵衛と出会う。

 

もうはややけくそになり、どうにでもなれと口から出まかせの大嘘を吐いた。私たちは芸術家だ。そういう嘘を言ってしまってから、いよいよ嘘に熱が加って来たのであった。私たち三人は兄弟だ。きょうここで逢ったからには、死ぬるとも離れるでない。いまにきっと私たちの天下が来るのだ。

 

私たちは芸術家だ。王侯といえども恐れない。金銭もまたわれらに於いて木葉の如く軽い。

 

太宰治ロマネスク短編集―Blue bamboo

太宰治ロマネスク短編集―Blue bamboo

 

 

図書カード:ロマネスク

 

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