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本のない書斎/中身のない研究

「私の小説」 坂口 安吾

 

「私の小説」ということについて書いてくれ、と言われたそうだ。

「作品がすべて」ということを安吾はたびたび書いている。

 

作家にとつて小説は全てであり、全てを語りつくしてをり、それに補足して弁明すべき何物も有る筈はない。有り得ない。文学は全てのものだ。

 

わたしはブログなど書いているから、これこれこういったきっかけでこの文章を書いたのだとか、実はこういう考えの過程があったのだとか、あまり上手でないがつまりはこういうことが伝えたかったのだとか、そんな弁明をしたくなることもあるし、機会を与えられたならば喜んで語るであろう。それはつまり、弁明の余地があるということだ。「書いたものがすべてである」と言えないということだ。わたしの書くものは甘い。たいして深く考えているわけでもない。ほんの遊びにすぎない。それも頭ではなく、指先を遊ばせているだけなのである。

 

風と光と二十の私と (講談社文芸文庫)

風と光と二十の私と (講談社文芸文庫)

 

 

図書カード:私の小説

 

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