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本のない書斎/中身のない研究

「安吾巷談 01 麻薬・自殺・宗教」 坂口 安吾

 

戦後間もない時期の世相を活写した、ルポルタージュ。1950(昭和25)年1月号から12月号にかけて、「文藝春秋」に連載された。前年2月から4月にかけて、作者は、睡眠薬(アドルム)中毒の治療のため、東大病院精神科に入院した

(青空文庫の説明より)

 

安吾が当時の世相について書いており、たいへん面白かった。

薬物についての話では織田作之助の描写が興味深い。

 

織田作之助はヒロポン注射が得意で、酒席で、にわかに腕をまくりあげてヒロポンをうつ。当時の流行の尖端だから、ひとつは見栄だろう。今のように猫もシャクシもやるようになっては、彼もやる気がしなかったかも知れぬ。
 織田はヒロポンの注射をうつと、ビタミンBをうち、救心をのんでいた。今でもこの風俗は同じことで、ヒロポン・ビタミン・救心。妙な信仰だ。しかし、今の中毒患者はヒロポン代で精一パイだから、信仰は残っているが、めったに実行はされない。
「ビタミンBうって救心のむと、ほんとは中毒しないんだけど」
 などゝ、中毒の原因がそッちの方へ転嫁されている有様である。救心という薬は味も効能も仁丹ぐらいにしか思われてないが、べラボーに高価なところが信仰されるのかも知れない。しかし織田が得々とうっていたヒロポンも皮下注射で、今日ではまったく流行おくれなのである。第一、うつ量も、今日の流行にくらべると問題にならない。

 

安吾が薬物をやめた方法についても語られる。安吾は「意志力」によって自力で治ったらしい。

 

結局中毒などというものは、入院してもダメである。一種の意志薄弱から来ていることであるから、入院して、他からの力や強制で治してみても、本来の意志薄弱を残しておく限りは、どうにもならない。

 

とうとう禁断の苦痛を通過し、自分で退治ることができた。今はもう、一切薬を用いていない。

 

正直なところ、今日この方法は支持を得ないだろう。「中毒」というのは意志だけでどうにかなるものではない。

 

最後の一文がほんとうである。

 

狂人には刃物を持たせないこと。最後にはこれだけしかない。権力とか毒薬とか刃物とかバクダンとか、すべて危険な物を持たせないことが、狂人を平和な隣人たらしめる唯一の方法なのである。

 

安吾巷談・安吾人生案内 全20巻合本版

安吾巷談・安吾人生案内 全20巻合本版

 

 

 図書カード:安吾巷談

 

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