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本のない書斎/中身のない研究

「安吾巷談 04 今日われ競輪す」 坂口 安吾

 

安吾は競輪の不正を告訴しているが、この「今日われ競輪す」では、八百長の仕組みや必然性を鮮やかに解き明かしている。本当かどうかわからないが、説得力がある。

 

そして主張もまっとうである。

 

八百長の元は、場内整理にボスが当り、選手派遣についてもボスに渡りをつける必要があるなどゝいう仕組の中にあるのだろうと思う。しかし、現在、競輪に人気が集中しているのは、その八百長的性格のせいで、大番狂わせ、大穴のでるところに人気があつまっているのだから、八百長の性格が少くなると、競輪熱も衰え、片隅の存在になるのじゃないかと思われる。
 賭博というものは、それで生計をたてる性質のものではなく、遊びであり、その限りに於て、片隅に存在を許されることは、不当ではない。特に日本の国情として、世界的に観光国家として発展の必要があると、片隅の存在としての賭博は、片隅ながらも、国家的な配慮に於て行われる必要はあるだろう。
 そういう場合に最大の障碍となるのは、その賭博によって生計を立てる人種が介在することで、つまり、ボスというものの存在を許すかぎり、賭博は民衆の「遊び」として育てることはできないのである。
 賭博を単純に遊びとか保養というものに解する生活が確立すれば、もとより賭博の害もなく、競輪場の紛擾もなくなるだろう。モナコがなくなっても、自殺者の数はへらない。

 

坂口安吾全集〈08〉勝負師・肝臓先生・安吾巷談 他

坂口安吾全集〈08〉勝負師・肝臓先生・安吾巷談 他

 

 

図書カード:安吾巷談

 

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