Empty Study

本のない書斎/中身のない研究

「明治開化 安吾捕物 その三 魔教の怪」 坂口 安吾

 

秋雨の降りしきる朝。海舟邸の奥の書斎で、主人と対坐しているのは泉山虎之介。訪客のない早朝を見すまして智恵をかりにきたのであるが、手帳をあちこちひッくりかえして、キチョウメンに書きこんだメモと首ッぴきに、入念に考えこんでは説明している。後先をとりちがえないためである。

 

「後先をとりちがえないためである」という部分の味わいがとても良い。

安吾捕物の「その一」「その二」を読むと、海舟は虎之介に事件を語らせる前に、「オメエの知ってるだけの事件の模様を話してごらんな。後先をとりちがえねえように、石頭に念を入れてやるがいいぜ」とか、「それでは、お前が見てきたことを、語ってごらんな。後先をとりちがえずに、落附いて、やるがいいぜ」とか言い含めているのである。

 

「魔教の怪」は宗教団体の話で、とにかく胡散臭い感じが素敵である。

犬好きの安吾らしく、グレートデンの話なども出る。

「カケコミ」だの「ヤミヨセ」だのと、宗教の用語まで安吾節で面白い。

 

今回海舟は自虐のような台詞を言っているが、それすらも虎之介には感激を覚えさせるようである。

 

「そうかい。なんのことだい。第一第二の殺人に被害者が抵抗なく殺されているのはメスメリズムのせいだというのは、オレがちゃんと見ていたことだが、第三の場合に限ってそれを忘れたとは、バカなことがあるものだ。だが新十郎はチミツな頭だよ。オレがバカなのさね。つまりは、全作とミヤ子のそれらしさに眩惑されたのがバカ。つづいて無抵抗がメスメリズムのせいであるのを、この場合に忘れたに至っては大バカさ。イエさ。大そう学問になりましたよ。こんなマチガイをしでかすのは、単にその時に限ってのウカツさではすまされません。つまりこの方にいまだ至らざるところがあるからさ。これはどうも実に判然とその事実を認めないわけに、いきませんやね」
 虎之介は海舟の自戒の深さに敬服し、あわせて、居ながらにしてほぼ大過なく事の真相を見てとっている心眼の深さに敬服、ああ偉なる哉と目をとじ頭をたれて言葉を忘れているのである。

 

明治開化 安吾捕物帖(上)

明治開化 安吾捕物帖(上)

 

 

図書カード:明治開化 安吾捕物

 

アクセスカウンター