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本のない書斎/中身のない研究

”たった一行”のエスプリ【十角館の殺人】ネタバレ感想

 

この作品はかなり有名らしく、いくつかのサイトでは「ミステリ好きなら当然読んでいると思うが・・・」なんて書かれていたので読んだ。

 

過去に怪事件があった無人島を訪れるミステリ研究会の大学生7人、趣向をこらした館、そこで起こる連続殺人事件、まさに王道。はじめの方は過去の事件の話、島や建物の詳細、登場人物の紹介など説明的な文章が続き、面白くなるまでが長かった。しかしそれを差し引いても伏線の隠し方はさすがであり、なんといっても明かし方が粋である。

 

有名なのも納得の作品。まだ読んでいないという幸運な方は、ぜひ一読を。レビューやなんかで、先にネタバレを読んでしまうのは非常にもったいない。

 

感想

 

叙述トリックものだと「違和感」を感じさせるような箇所(これがヒントにもなるわけだが)が出てくるのだが、この作品にはそれが圧倒的に少ない。私が違和感を覚えたのは2箇所だけだった。ひとつは守須のニックネームが書いていないこと、もうひとつはその守須が早々に探偵ごっこに難色を示すこと。

 

しかしどちらも隠し方が上手い。ひとりだけニックネームを書かないという不自然さを曖昧にしているのは、なんといっても守須という名前である。江南君がドイルであることもあって、守須君はモリスもしくはブラウンだろうと勝手に想像して納得してしまうというわけだ。にわか知識のミステリ好きならなおさら。ミステリファンへのサービス、あるいは作者のお遊びのように思わせて深読みを免れるやり方は実に見事である。「ミステリ通ほど騙される」というのが面白い。

 

そして探偵ごっこに参加しないことについては、こちらも安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)といういかにもミステリ好きが喜びそうな言葉を持ち出すことで不自然さを押し切っている。後者は叙述トリックによる違和感ではないので(単に犯人の不審な行動)、叙述トリックに違和感を感じる箇所は実質ひとつだけだ。しかしこのひとつが重要。

 

私には、「ミステリ研究会のメンバーが有名な作家からとったニックネームで呼び合っている」という設定は正直キツイと感じた。ネットのオフ会で殺人事件が、というならまだしも、リアルな人間関係で「エラリイ」「ルルウ」「ポウ」ってのはちょっと痛い。しかしどんなにイタい大学生になろうとも、「全員がニックネームで呼び合っている」という設定はこの作品に不可欠で、それを自然に見せているのもまた「ミステリ研究会」という設定なのだろう。

 

「例のひとこと」とも言われる一行は大変よかった。でも、それだけに、そこで終わった方がキレイなのに、と思ってしまう。そこで終了、事件は迷宮入り、のほうがニクイ感じがしていいと思うが、実際はこのあとに犯人の行動を解説する謎解きが続く。 ミステリとしてはここは外せないのだろうが、叙述トリックが読みたいだけの私には冗長というか、興ざめに感じてしまった。推理小説を読んでおいて、謎解きが蛇足だなんていうのも妙なものだが。

 

この作品に無理がないのは、これが「叙述トリックのための作品ではない」からだろう。犯人が用いた方法は、「いっしょに島に行く仲間には自分も島にいたと思わせ、本土の仲間には自分は本土にいたと思わせる」というもの。しかし「島」と「本土」の両方の視点から読んでいる読者にはこのトリックははじめから分かってしまう。そこで同じ人物を、本土にいるときは「守須」、島にいるときは「ヴァン」と書いて読者の目を欺く。叙述トリックありきでストーリーを組み立て、どんでん返しのために伏線を張ったりヒントを散りばめている作品とは違い、「ある事実を隠すために叙述トリックを用いている」、必然性があってやっていることなのだ。おそらくこれが本来の叙述トリックなのだろう。

 

十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島を大学ミステリ研の7人が訪れた。館を建てた建築家・中村青司は、半年前に炎上した青屋敷で焼死したという。やがて学生たちを襲う連続殺人。ミステリ史上最大級の、驚愕の結末が読者を待ち受ける! 

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