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本のない書斎/中身のない研究

散りばめられたあざとさ【葉桜の季節に君を想うということ】ネタバレ感想

 

最後の「補遺」がたいへん興味深いです。いろんな意味で。ここだけ読んでも面白いと思います。もちろん、小説を読むつもりなら、先に「補遺」を読んではいけません。

 

叙述トリックのおすすめには必ず名前があがるものの、評価は分かれる問題作。Amazonの評価は1から5まできれいに分かれています。説明には「何でもやってやろう屋」なんてありますが、「よろず屋」系ではなく私立探偵もの(元、ですが)。タイトルから想像するような詩的な物語ではありません。また、「ミステリー」というのも少し違和感ありますね。推理小説というよりは、軽く読めるハードボイルド?系の娯楽作品です。

 

「騙された!」「やられた!」という感じではありません。

「あざといなあ。」というのがわたしの感想。

 

感想

 

叙述トリックで隠しているのは、主要な登場人物がみな高齢である、ということなのですが、ヒントはクッキーのチョコチップの如くこれでもかというほど散りばめられているので「もしかして?」と思う方も多いのではないかと。「吉原」とか、携帯の着メロが「必殺仕事人」とか。

 

ただ、ヒントと同じくらいフェイク、というか、トラップも埋め込んでいるんですよね。「書いていないことを想像させてミスリードする」のではなく、「ミスリードするようなことをあえて書いている」。これがスマートじゃないというか、これみよがしというか、あざとさを感じる部分です。

 

けっこう年なんじゃないの? という部分はこれでもかというほどあるのですが、「7つ下のキヨシは高校生」がネックになる。「現役高校生」だなんて、あざといなあ。たしかに年齢は書いてないけども。「キヨシ」も「将虎」も古風な名前だとは思うのだが、「監獄学園」の主人公(高校生)もキヨシだしな、なんて自分を納得させる。だいたい、高校生を飲みに連れて行っていいのか、なんて思うのだが、主人公のこのキャラクターだったら酒ぐらい飲ませそうだもんなあ。ずるいなあ。 

 

わかってしまえば、違和感にはすべて合点がいく。警備員も高齢者に多い仕事だし、フィットネスクラブに通っていることや、そこの若い女性スタッフに「仲良しですねー」なんて微笑ましい目で見られていることもそうだ。こんな態度は、「子供」か「お年寄り」にしかありえない。それに、若者は「モテるため」ならともかく、「セックスのために体を鍛える」なんて言わない。鍛えなければ難しい年齢なのだ。遊び人のように見える将虎にガールフレンドがおらず、ナンパなども行わず、ひたすら出合い系のみに出会いを求めていることにも納得する。おじいちゃんには、若い女性をナンパすることは難しいだろう。そしてなんといっても、「そんなに早く歳を取らせて死なせたいか」というのはまさに高齢者が好んで言いそうなジョークではないか。

 

ドコモの機種名が出てくるので、「年代のヒントか?」なんて思ったのだがそうではなかった。しかしドコモの機種名はたしかに間違いなくフックであったのだ。らくらくホン。なるほど、そっちか。 

 

この作品がちょっと複雑なのは、年齢だけではなく、さらに「衝撃のひとこと」があるという点。さくらが将虎に「あなたは安藤でしょう」という部分だ。この2人、お互いに偽名を使っていたのである。ここはちょっと衝撃を受けた。まったく予想していない展開。

 

これも叙述トリックではあるが、「容疑者Xの献身」と同じく「映像化には何ら問題がない」。年齢の件は一発アウトだが。

 

並行していくつものストーリーが進行するのだが、「マルチ商法の手先となって悪事に手をそめる節子」 のストーリーは、「さくら」が実は偽名を使っていた「節子」であるとわかるのでつながる(さくらが蓬莱倶楽部の人間であることは、予想通りというよりむしろお約束ですらあるといえるだろう)。

しかし、「ヤクザの事件を追う20歳の将虎」のストーリーは、現在の事件には特につながらない。「ヤクザの話は面白かった」なんてレビューもあるように、たしかにこの部分は面白いのだが、ここでの京の自殺が「俺は2人自殺するのを見た」という部分にかかるだけなので、本編とはほとんど関係がない。将虎の性格も現在とは異なるので少し違和感がある。性格が違うのは時の流れを感じさせるし、将虎が20歳のころの時代背景がずいぶん昔のことのようであるというのも一応ヒントにはなっているのだが。

 

もうひとりの自殺者である「安藤さん」の娘、千絵を探すストーリーはだらだらと冗長である。探偵業というのは地味で地道な仕事なんだ、ということが言いたかったのかもしれないが、それにしても、もう少しコンパクトにまとめる方が良かった。

 

この作品の賛否が分かれる理由については、「宣伝が煽り過ぎ」であることの他に、

・タイトルが内容と合っていない(一応タイトルに意味はあるのだが、たしかに違和感はある)

・主人公の性格が受け付けない

・叙述トリックが年齢に関することで、事件とは関係がない

・事件の話はそっちのけの、ラブロマンス的なラスト

そして、はっきりとは言われないですが「高齢者の恋愛もの」であることも理由のひとつかと思います。

 

酷評みたいになってしまいましたが、面白いことは面白いんですよ。

「上質」とは言いませんが、娯楽作品としては十分面白いです。少なくとも、こうやって感想を書くくらいには。読んだあとにああだこうだ言いたくなる、というのは作者の狙い通り、なのかもしれません。

 

「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして―。あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本です。