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本のない書斎/中身のない研究

まるでドグラ・マグラ【向日葵の咲かない夏】ネタバレ感想

 

道尾作品は「片眼の猿」「カラスの親指」に続いて3冊目。

【片眼の猿】感想 - Empty Study

 

道尾秀介の叙述トリック作品は複数ありますが、一番有名なのはやはりこの作品ではないでしょうか。評価が分かれていますが、その理由にも納得。叙述トリックの中でもかなりトリッキーな部類に入ると思います。

 

感想

 

はじめの方はとにかく怖かった。ホラーだし、虐待だし。動物の変死体にクラスメイトの自殺死体、さらにお母さんはちょっとどうかしてるくらい辛くあたってくる。もう読むのやめようかというくらいでした。正直読むのが辛かったのですが、S君が蜘蛛に生まれ変わったところからかなり読みやすくなり、そこからは楽しく読みました。「恐怖小説」から「推理小説」になった感じ。ところがこの作品、「推理小説」ではありませんでした。

 

ミスリードということであれば、「S君を自殺に見せかけて殺した犯人を探すミステリー小説」だと思わせたことがすでにミスリードなのでしょう。

 

この作品はいわゆる謎解きミステリーでないです。わたしが近いと思ったのは夢野久作の「ドグラ・マグラ」。確実なように思われたことが、別の理論でガラッと塗り替えられる。その繰り返し。何が真実で、嘘で、妄想で、何が正しいのか、そもそも正しさなんてあるのか、誰かがパラダイムシフトと書いていたけどまさにそんな感じ。

 

ミチオは一見探偵のように見えますが、やっていることは根本的に違うんです。ミチオのやっているのは「手がかりをもとに推理をする」ことではなく、「得た情報を使って物語を組み立てる」こと。それは一見「探偵が推理をしている」ようにも見えますが、探偵の場合あくまでも仮説は仮説としてあらゆる可能性を考慮するのに対し、ミチオの場合は自分に都合の良いストーリーを組み立て、その仮説を真実のように信じて補強していく。どうしても不備が出てきたら、また別の仮説を組み立て、今度はそっちを真実ということにして塗り替えていく。ミチオが欲しているのは、「自分がS君を自殺させた」のではないストーリー。だから犯人は岩村先生でも古瀬泰造でもいいし、あるいはS君が「ミチオとは関係なく」自殺した、というのでもいい。筋が通っていて、自分が納得できればいい。

 

探偵というより脚本家。ミチオはS君が自殺であることも、自殺の理由も知っていながら、「まるで探偵が推理をするように」別の筋書きを作り上げていく。もはやどこが地の文なのかわからないのでやはりミステリーからは逸脱した作品だと思います。

 

「ミカ」の名で呼ばれているものは3つ存在する。お腹の中で死んでしまった赤ちゃんと、人形と、トカゲ。お母さんにとってのミカは人形で、ミチオにとってのミカはトカゲだった。

 

ミカやトコお婆さんやスミダさんが人間ではなく人間が生まれ変わったトカゲや猫や花である、ということがわかったときには、道尾作品だな、と妙に納得しました。「片眼の猿」と同じパターンか、と。しかしこの作品はそこでは終わりません。というか、ここれ終わっていれば、ここまで評価は分かれなかったと思います。S君が蜘蛛に生まれ変わった、ということを受け入れた読者であれば、こういう展開になっても文句は言えませんから。これはたとえば、東野圭吾の「秘密」などもそうだと思います。通常ありえないようなことを一度は受け入れた上で物語が展開していく。

 

 

問題は、その展開もすべて妄想だったというオチ。それがアリならなんでもアリになってしまうから、「ミステリー」を期待している人には不満が残るのでしょう。推理小説であるとの先入観を持たずに読めばこのオチでも全く問題ないと思います。好き嫌いはあると思いますが。

(実はお父さんはカメなんじゃないかと思いましたが、さすがにそれはなかった。)

 

作者が「道尾秀介」なので、「ミチオ」というのは実は苗字なのではないか、ということも考えましたが、「摩耶道夫」だったので違いましたね。「ミチオ」という名にも、「S君」という呼び方にも、深い意味はなかったようです。

 

ところで、ミチオがトイレで聞いた足音は誰のものだったのか?

子供部屋のドアを開けたらS君がいた、という場面と同じで、ただのホラーなのでしょうか?

 

夏休みを迎える終業式の日。先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。きい、きい。妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。「僕は殺されたんだ」と訴えながら。僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。あなたの目の前に広がる、もう一つの夏休み。

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