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犯人の“人格”は誰?【人格転移の殺人】ネタバレ感想

 

人格が入れ替わるというSFのような設定だが、決められたルールは厳密に守られ、例外や反則はないので気持ちよく騙されることができる。「人格転移システム」の存在や、CIAのような組織が暗躍することも、舞台がアメリカなのであまり違和感がない。また、様々な人種や言語が登場することになるのだが、この部分もけっこう重要だったりする。

 

人格転移システムについて箇条書きで簡単にまとめておく。

・人格転移システムを作ったのは人類ではなく、システムの原理は不明。

・セカンドシティ内に複数人で入ると人格転移が起こる。

・一度人格転移が起こると、そのメンバー内で今後も人格転移が起き続ける。人格転移のタイミングに規則性はなく、予想できない。

・3人以上での人格転移を“マスカレード”と呼ぶ。

・“マスカレード”はランダムではなく、最初にセカンドシティに入った位置関係で順番が決まり、時計回りに人格がひとつずつスライドする。この順番はずっと変わらない。

・他人の人格が入ったまま肉体が死ぬと、そのとき中に入っていた人格は消滅する。

・死者が出た場合でも、その空席をまたいで“マスカレード”は続く。

・人格転移を止める方法はない。他のメンバーが全て死亡し、自分ひとりだけになる、という方法を除いては。(実はもうひとつ方法があるが、それは最後まで明かされない)

 

地震が起きて、たまたまその場に居合わせた7人がシェルターと間違えて逃げ込んだのは「人格転移システム」の中だった。ひとりはすでに死亡し、生き残った6人の中で殺人が起こる。CIAは事件性なしと判断しているが、逃げ遅れて死亡したひとりにも、首を締めた痕跡があったという。

 

わたしの推理

※“◯◯”は肉体、(=◯◯)は人格を指す。

実はマスカレードは2度起こっている。1度目は、ジャクリーンと窪田綾子の2人だけで起こり、入れ替わりに気付いた“ジャクリーン”(=綾子)は“ジャクリーン”として生きていくために“綾子”(=ジャクリーン)を殺そうとした。その後も(=綾子)はジャクリーンの肉体を手に入れるために他のメンバーを殺害していく。

つまり、(=ジャクリーン)はすでに死亡し、文中の(=ジャクリーン)はすべて(=綾子)であった、という推理だ。

これを裏付けるものとしては、(=ジャクリーン)はセカンドシティに逃げたときのことをあまり覚えていないということ。この時点でジャクリーンは“ジャクリーン”(=ジャクリーン)であるから、(=ジャクリーン)のふりをしている(=綾子)には、“ジャクリーン”(=ジャクリーン)がどういう状況であったか分からない。もう一点、(=ジャクリーン)はCIAの特殊な方法によってたった1週間で日本語を完全にマスターしている。対して(=江利夫)は、CIAの指導でブリティッシュアクセントを学んだが、ちょっと上手くなった程度だという。もともとアメリカ英語はネイティブと間違われるほど達者な江利夫に対して、ジャクリーンは日本語が全く話せない。この違いは、「実は(=ジャクリーン)は(=綾子)だから、日本語はもともと話せた」ということではないだろうか。

 

ただ、この仮説には矛盾も生じる。まず、セカンドシティに逃げ込んだとき、“ジャクリーン”(=ジャクリーン)は“江利夫”(=江利夫)といっしょにいたから、“ジャクリーン”(=ジャクリーン)と“綾子”(=綾子)だけが先にセカンドシティに入った、ということは考えにくい。それから、(=ジャクリーン)はブリティッシュアクセントで話す。(=綾子)にこれを真似することができるだろうか。綾子は実はイギリスに住んでいたことがある、ということも考えられなくはないが、それだと「英語学校で劣等感を感じている」というのはおかしい。ただ、これは(=江利夫)の見解なので実際違うということも考えられる。それから、(=ジャクリーン)は(=江利夫)に身の上話をしたり、イギリスの恋人のことを話したりしている。(=綾子)にこんな話をすることが可能だろうか? メンバーの中に過去に接触のある者がいないことは、CIAのお墨付きなので、(=綾子)が(=ジャクリーン)として振る舞うことはやはり不可能な気がする。

 

真相

 

(=綾子)が犯人、という点は正解だったが、マスカレードは1度しか起こっていなかった。ただし、6人ではなく、「7人」の間で。逃げ遅れたと思われた綾子は、実はちゃんとセカンドシティへ逃げており、マスカレードに加わっていたのだ。位置は、時計回りに、“ボビイ”(=ハニ)、“江利夫”(=ボビイ)、“ランディ”(=江利夫)、“ジャクリーン”(=ランディ)、“アラン”(=ジャクリーン)、“綾子”(=アラン)、“ハニ”(=綾子)。

“ハニ”(=綾子)は、人格転移には気付かないまま、ジャクリーンを殺すつもりで“綾子”(=アラン)の首を締めた。これは致命傷にはならなかったが、“綾子”(=アラン)は殺人者から逃げようとして瓦礫の下敷きになり死亡した。6人になった時点で、(=アラン)はすでに死亡していたのだ。文中の(=アラン)は、実際にはすべて(=綾子)である。綾子とアランは共に「英語はあまり出来ず、日本語を話す人物」であるが、アランはフランス語も話せる。メンバーの中にフランス語を話せる者がいなかったから、“ハニ”(=綾子)への通訳は日本語で行われた。もしこれがフランス語だったら、“ハニ”に入っている人格が(=アラン)でないことが露呈してしまうので、このことは(=綾子)には幸いだった。事情が分かった(=綾子)は、(=アラン)の振りをしながら、他のメンバーを殺害していく。

 

「マスカレードを止める方法」については、ほのめかしの段階で分かってしまう読者も多いかもしれないが、悲惨な殺人事件のラストにこのような明るいエンディングというのがなかなか良いと思う。

 

「七回死んだ男」もそうだったが、西澤作品は「2度読まなくても」よくわかるところがすごい。この手の本では、「え、じゃああれはどういうことだったの?」といって読み返したくなることがあるが、西澤作品では、「ああなるほど、あれはこういうことだったのか」というのがすとんと腑に落ちるというか、パズルのピースがぴたりと嵌まるような心地良さがある。やはり期待を裏切らない。すでに次はどれを読もうかと考えている。

【七回死んだ男】ネタバレ感想 - Empty Study

 

突然の大地震で、ファーストフード店にいた6人が逃げ込んだ先は、人格を入れ替える実験施設だった。法則に沿って6人の人格が入れ替わり、脱出不能の隔絶された空間で連続殺人事件が起こる。犯人は誰の人格で、凶行の目的は何なのか? 人格と論理が輪舞する奇想天外西澤マジック。寝不足覚悟の面白さ。

 

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